移住者

USHIOとアイカの6年間。元ギャルが尾道に移住してチョコレート工場で働いてみた
パートナーに会うために尾道に遊びにきたつもりが…。元ギャルが向島のチョコレート工場USHIO CHOCOLATLで働いた6年間を振り返ってもらいました。

井出愛翔(いであいか)

1987年生まれ/群馬県出身/USHIO CHOCOLATL 製造長
2016年に尾道へIターン移住

気づけば6年。尾道に移住する気は全くなかった

ーー尾道にIターンした経緯は?
パートナーが尾道に移住するというので、群馬からやってきました。

でも、私まで移住する気は全くなかったんです。これまではずっと実家住まいで、引っ越しや一人暮らしをしたことがなかったから、「ちょっと旅行に行ってくるね〜」って感覚。すぐに帰るつもりだったけれど、気づいたらもう6年が過ぎていたんですね。

ーー愛翔さんは元ギャルなんですよね?ブランド物やおしゃれなど都会的な生活をしていたと思いますが。
たしかに、当時私が知っていたのは「SEX AND THE CITY」の世界にあるおしゃれだったし、田舎暮らしに憧れはなかった。

それまで(向島の)「立花食堂」のようなナチュラル系のお店や、リネンに身を包む人……私は「リネン女子」って呼んでいるんだけど、地元の群馬では見たことがありませんでした。でも、洗いざらしの白いリネンを着るとか、頭にターバンを巻くっていうおしゃれを知って、「なんかいいなあ」と思ったんですよね。だから移住したてのころ、ギャルメイクをやめて立花食堂で働いたんだけど、すごく楽しかったです。

写真左/全盛期の愛翔さん 
写真右/移住したての頃パートナーと

ーー愛翔さんのパートナーは、なぜ尾道へ?
彼はインドやオーストラリアを旅して帰国した後、本当は群馬で暮らしていくつもりで、古民家のリノベ―ションもしました。でもちょっと病んだというか、元気をなくしてしまったんですよね。

結果的に、尾道で明るさを取り戻してくれて良かったです。同じような感覚の人が周りにたくさんいて、呼吸がしやすいのかもしれません。

ーー愛翔さんが群馬へ帰りたいと思ったことはなかった?
何度も帰りたいと思いましたよ。私は別に、尾道や瀬戸内に憧れていたわけじゃない。むしろ家族や地元の友達、群馬のことがすごく好きだから、今でも寂しすぎて泣きます。

でもパートナーを1人にしたくなかったから。自分で決めたことだし、意地に近かったかもしれません。

USHIO CHOCOLATLとの出会い

ーー尾道に来て大変だったことはありましたか?
元ギャルだから、周りからちやほやされることに慣れていました。でも尾道にはいろんな人がいて、むしろ何かをやっている人じゃないと興味を持ってもらえない。それがショックでした。でも今思えば自分がバリアを張ったままで、人との距離が縮まるはずもないですよね。

ーーそれはどうやって克服した?
パートナーはいろいろなところに顔を出して人脈を広げていくタイプだけど、私はいまだに克服したわけではないかも。イベントとか誰かがいそうなお店とか、今も1人では行きません。

それでも6年間やってこられたのは、「USHIO CHOCOLATL」の存在が大きかったと思います。向島にあるチョコレート工場なんだけど、そこで働いたことで新しい人間関係を作ることができた。USHIOがなかったら、群馬に帰っていましたね。

ーーチョコレート工場で働き出したのはなぜ?
パートナーと私で書いていたブログを、USHIO CHOCOLATLの代表である中村真也さんの妹さんが読んでくれていたんです。ブログを通してよくメッセージをくれていて。

パートナーが「デニム作りをしに尾道へ行く」というブログを書いたときに、その記事を見た妹さんが、「そういえば私の兄も尾道でチョコレート工場を始めます」って教えてくれて。USHIOのことを知ったのは、偶然にもそれがきっかけです。

その後パートナーが先に移住。私も旅行で遊びに行ったときにまだオープンして間もないUSHIOに行ってみました。そのころは日本においてBean to Bar(ビーントゥバー/原料のカカオ豆の選定から一貫して行うこと)の先駆け的な存在で、話題になっていました。ものすごい人気で、チョコレートは売り切れていて買えなかった。おもしろい!って思いました。

「アイカ的には」で採用

ーー働こうと思ったきっかけは?
パートナーはその当時めちゃくちゃ忙しくしていたんです。福山の裁縫工場で働いていて、朝6:00に家を出て夜中の3:00に帰ってくるような生活。

一方私の場合、立花食堂での仕事は土日だけだったので、平日はずっと1人で過ごしていました。何しよう?と思ったときに、USHIO CHOCOLATLで働けないかなって。

ーータイミングよく募集していた?
いや、知らない…。チョコレートを買いに行く振りをして、「スタッフ募集していますか?」って突撃したんです。そのとき、たまたま真也さんがいたんです。妹さんが私のことを話してくれていたみたいで、私やパートナーのことをなんとなく知ってくれていて。で、その場で採用してもらいました。

あとで聞いた話、わたし、「アイカ的には」って言っちゃったらしくて、それが採用の決め手だったそうです。いい大人が一人称で自分を呼ぶっていうのが、なんか良かったみたい。だからギャル要素をもっともっと出してほしいって今でも言われます。

あ、でも決してUSHIOが一芸入社的な会社っていうわけではないので。初期の頃はたしかに濃いキャラが多かったけど、最近はそんなことないですよ。

「個性」と向き合ったUSHIOでの6年間

写真右/尾道の商店街でUSHIOの仲間たちと

ーー6年、古株スタッフとしてUSHIO CHOCOLATLを見てきてどうですか?
USHIOはものすごく変化してきていると感じます。2022年、那須に「GOOD NEWS NEIGHBORS」というショップエリアができて、そこに直営店を出しました。こうしてどんどんいろんな人が関わるような、巨大なプロジェクトがいくつも動いています。

チョコレートのパッケージをたくさんの作家さんに描いてもらったり、面白いことを常にやっているので自然と人との繋がりが生まれて行くんですよね。

でも、ここまで成長できたのは真也さんの行動力が一番だと思います。

――USHIO CHOCOLATLには独特のカルチャーを感じます。
一人ひとりの個性をすごく大事にしてくれる。USHIOの名前を使って、やりたいことをどんどんやったらいいよってよく言ってもらいますね。

たとえば趣味で刺繍をやっているスタッフに、真也さんが東京で活動している有名な刺繍作家さんを繋げてくれたり、USHIOの店舗で展示会したり。展示会ができたことで、さらに夢が広がっていくってすごいこと。

私は別に何かを作って展示するわけじゃないけれど、チョコレートケーキに「GALS」って名前をつけてもらったり、この間バラエティ番組の撮影があったときには芸人さんの前でパラパラを踊ったり(笑)。そう考えると、私もちょっとずつ個性を出せるようになってきているのかな。

ーーUSHIO CHOCOLATLで働いたからこそ、尾道での生活を続けられた?
そうですね。USHIOに寄りかかっているのはちょっとだけずるいかもしれないけれど、あそこにいれば「USHIO CHOCOLATLで働いています」って堂々と言えると思った。

私は「何者か」になりたいわけじゃなかったけれど、パートナーとは違う場所で人間関係を築けたのは大きかったと思います。

チョコレートってどうやって作るの?

――USHIO CHOCOLATLでの仕事内容を教えてください。
一応、製造長を務めています。基本的にはチョコレート作り、パッケージ、接客、カフェ業務。そのほかには、さっきも言った那須店のオープン作業など、外部の仕事もちらほらあります。

ーーチョコレート作りってどんな作業工程があるんですか?
まずはカカオ豆を英語でオーダー(メール)するところから。1トンくらいまとめて注文して、届いたカカオ豆(カカオポット)は向島で借りた倉庫で冷蔵保存しています。

そして豆を選別する「ハンドピック」という作業をして、ローストする。ローストしたら砕いて「カカオニブ」という状態にして最終チェック。そのカカオニブは、砂糖と一緒に「メランジャー」という石臼状の機械に投入します。なめらかなチョコレート生地になるには大体4日メランジャーを回します。

ーー4日もかかるんですね!

4日経ったら取り出して、「テンパリング」という作業へ。パティシエが、冷たい大理石の上に熱々のチョコレートを流して伸ばしているのを見たことがあるんじゃないかな。あれはチョコレートの温度を調整して安定させる作業で、USHIOではテンパリングマシンを使用します。

テンパリングが終わったら、チョコレートをお玉で40グラムすくって、型に流して空気を抜いて固める。そんな作業を繰り返し、1日300枚ほどのチョコレートを作っています。難しいのは型へ流すとき。同じ位置で流すと波柄がついてしまう。いかに1回で流せるか、これにはちょっとコツが必要です。

島でそれぞれの時間を楽しむ

ーー現在のライフスタイルについて教えてください。
朝8:30に出社して、17:30が定時。週5で働いています。夜はNetflixでドラマを観たり、母と電話したり。休みの日は基本家で過ごしています。

パートナーはほぼ無休で働いているので、この6年、デートらしいデートは1回もしたことがないかも。でもそういうのが、私は全く苦ではないんです。それぞれ自分の時間を充実させて生きている感じ。2年前に結婚したんですが、ライフスタイルに影響はなかったです。

写真左右/向島の古民家に住んでいる。キッチンの棚はパートナーのお手製
写真右/家の前に広がる浜

ーー今後の展望を教えてください。
パートナーは、近い将来オランダに行くと言っています。私はというと、旅行感覚ではもちろんついて行くけれど、住むことはないと思う。あ、でもそう言って気付いたら尾道に住んでいるから、もしかしたらオランダにも住んじゃうのかな(笑)。

オランダ移住の準備をしながら、パートナーはこれからの生活にワクワクしているみたい。なんか、それでいいと思うんです。私も別に1人の時間は嫌いじゃないから、あの人が元気で楽しそうにしているのが一番。家族ってきっといろんな形があるよね。

この先どうなるかなんて、まだわからない。自由に、気持ちが赴くままに、過ごせたらいいなと思います。

 

聞き手:松崎敦史/ANCHER編集長

 

USHIO CHOCOLATL 尾道店

〒722-0071 広島県尾道市向島町立花2200
営業時間:10:00-17:00
定休日: 火水
TEL:0848-36-6408
https://ushiochocolatl.com/

 

※編集註
アイカさんは2022年秋をもってUSHIO CHOCOLATLを退職することになりました。アイカさんの次のチャレンジを見守りましょう。

 

アイカさんおすすめの店

串天いっぱい(向島)

「唯一1人で行ける場所。串天はもちろんおいしいんだけど、大根サラダと納豆卵焼きがめっちゃおいしい」

 

この記事を書いた人

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安藤未来ライター

初めて訪れた尾道の情景と懐の深さに一目惚れして2021年、夫・ねこ2匹と共に東京から移住。雑誌やWebの編集を経て、ライター・校正者として活動している。
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