移住者

長野へUターンからの尾道へIターン。山手地域で双子を育てながら 建築家が感じる「街」のポテンシャル

2022年11月25日、尾道の山手地域でオープンした文化交流施設「LLOVE HOUSE ONOMICHI(ラブ ハウス オノミチ)」。この施設の“管理人”として手を挙げ、長野から家族で移住した中田雅実さん・松井納都子さん夫妻に、住んで半年、尾道の住み心地を聞いてみました。

中田雅実(なかたまさみ)

1986年生まれ/長野県出身/建築デザイン事務所「studio basket」ファウンダー/建築家

松井納都子(まついなつこ)

1987年生まれ/兵庫県出身/建築デザイン事務所「studio basket」コーディネーター

双子の誕生と地方での暮らし
「生きること」の価値観が変わっていった

尾道水道にて

――まず、お二人が尾道に移住したきっかけは、この「LLOVE HOUSE ONOMICHI」という場所なんですよね。管理人として関わることになった経緯を教えてもらえますか?

中田 この場所のオーナーは、僕が以前勤めていた東京の建築事務所「スキーマ建築計画」の代表、長坂常です。彼がこの築110年の日本家屋と出会って惚れ込み、旧オーナーから譲っていただけることが決まったのが2021年でした。

とはいえ、長坂は東京を拠点にしているので、家を使い続けていくための修繕工事を尾道に住んで管理する人が必要になって、声がかかったのが2021年8月。その時、僕たちは長野県飯田市に住んでいました。スキーマ建築計画で8年が経った2019年に独立を考えて退社し、その後、子育てを考え、僕の地元の飯田へ東京からUターンしていたんですね。

写真左/尾道の山手の斜面に立つ「LLOVE HOUSE ONOMICHI」(撮影:高塚遼) 写真右/長野県飯田市にて

――Iターンの前にUターン! 長野も移住者が多いと聞きます。Uターン生活はいかがでしたか?

松井 長野での生活は育児中心でした。というのも、生まれた双子のうち一人は470gの超低出生体重児。生まれて半年ほどNICU(新生児集中治療管理室)とGCU(新生児回復室)にいて、退院してからも地元や遠方の病院へ定期的に通う暮らしでした。

さらにコロナ禍も始まって、飯田の街はがっつりクルマ社会だから、ぶらりと散歩していて人に会うこともほぼなくて。自然と人と出会えない、コミュニティが広がりづらいという悩みもありました。

中田 僕自身は、子どもが生まれ、地方に移住することで、働く時間をメインにするのではなく「生きること、住まうこと」を考え直したいと思っていました。と同時に、この地で仕事を作っていかないといけない、という状況もある。暮らしと仕事をどうするか?と考えてもこのコロナ禍で、長野でチャレンジできることを見いだすのはちょっと難しいな、と感じていたところに尾道の話が舞い込んできたんです。ちょうど、違う場所を見てみたいとも考えていて、機会を探していたんですよね。それで尾道を初めて訪れたのが2021年9月です。

「この風景から始まる移住って、いいな」。
Uターンした長野から、見知らぬ尾道へ

写真/LLOVE HOUSEから臨む尾道水道

――すごい流れですね。尾道への移住の決め手は、何だったのでしょうか?

松井 やっぱり、この「海が見わたせる風景」。海のない長野からやってきて、このすばらしい景色から始まる移住って良いなって思えたのは大きいですね。尾道移住の話が出た時は、子どもの病院通いが落ち着いてきた時期でもあって、子どもの病気で何か困ったら広島大学病院があるし、と思えたのも後押しになりましたね。先に中田が移住して、「LLOVE HOUSE ONOMICHI」に隣接した離れを住めるように整えてくれて、私と子どもたちが移住したのは2022年の3月でした。

――長野からの引っ越しは、どうやって?

中田 引越し業者を使わずに何度も行き来して、コツコツと自分たちでやりました。それが実現できたのも、最初の移住で家族単位の移動に慣れていたからじゃないかと思うんです。そもそも、いきなり東京から尾道へ移住するのは、正直、実現できてなかったと思う長野へのUターンを経験していたからこそ、リアルに見えてきた課題もありましたし、尾道という知らない土地へ行くチャレンジの意味も見いだしやすくなったような気がします。

――具体的には、どんな課題が見えてきたんでしょうか?

中田 ほかの多くの地方都市と同じように、尾道も抱えている課題はたくさんあると思いますが、尾道は山と海が近くて、「街が広がりすぎない地形」をしているんですよね。街が拡大し続けると、街の中心空洞化につながり、コミュニティも薄れていき、やがて持続していくのが難しくなってしまう。それに、拡大しすぎた街って、維持するのも縮めるのも、とてもお金がかかるんです。

その点、尾道は持続可能なサイズ感の街だと思いますし、尾道に住みながら同時に、地元・長野のことも考えながら活動していけるんじゃないか、と思ったんですよね。

建築家の目線で見た
尾道の街のポテンシャル

――建築家として尾道の街を見た時、どのようなポテンシャルを感じますか?

中田 尾道では「空き家再生プロジェクト」が活発に動いていますし、山手地域にもいろんな年代の、歴史的な背景をもっている場所がたくさんあります。そんなポテンシャルを持ち得ている街って、実はそんなに多くないんです。今後、尾道で建築家として仕事をしていくにあたっては、今回オープンした「LLOVE HOUSE ONOMICHI」の存在が仕事にプラスになると良いなと思っていて。

やっぱり、地域の人と出会わないと仕事は生まれないですから。自分たちが実践している工事のやり方や、改修で得た知恵とデザインは尾道のほかのプロジェクトやコミュニティで役立ててもらえるんじゃないかと思いますし、ノウハウを学ぶ場もいずれ実現できたらいいなとも考えています。

――楽しみですね。山手地域だけでなく、尾道市内にたくさんある空き家の利活用にも中田さんのノウハウが生かされていきそうです。

中田 僕自身、大工の仕事に興味があってこの道に進んできた経緯があって。作ることと暮らすことの距離感をもっと考えたいという想いがありますし、作りながら暮らすこと、アイデアやデザインを形にしていくことをもっと大事にしたい。「誰もが作ることのできる場所」が、尾道にもできたらいいなと思っています。

――誰もが作ることができる場所、って興味深いです。

中田 空き家に携わったことがある方ならわかると思うんですが、いらなくなった建具や廃材って、たくさん出てくるんですよね。そういう古い建築建材の行き場をどうするか。今回、「LLOVE HOUSE ONOMICHI」を改修して出た廃材は残してあって、施設内に露天風呂を作ったのも、その廃材を燃やしてお湯をわかそうと思ったからなんです。

また、長野の諏訪には古材や古道具をレスキューして次につなげていく「ReBuilding Center JAPAN」というリサイクルショップがあり、古材を活用した空間づくりも提案しています。そういった“地域のハブ”になるような取り組みもいずれできたら、と。

写真左/LLOVE HOUSEの2階にある寝室 写真右/滞在者のためにキッチンも完備

尾道山手の暮らしに息づく
おだやかなリズムに癒されて

――尾道へ移住してまもなく1年ですが、尾道での暮らしはいかがですか?

中田 印象的なのは、「関係性」の居心地の良さ山手地域の細い道を歩いているだけで、会話が自然と生まれていくのを、心地良く感じました。「居心地の良さ」をこの街に住むみんなが追求しているような雰囲気がある、というか、「こういう関係性が心地良いなぁ」と気付かされるんですよね。それって、とても幸せなことだと思います。

――松井さんは、尾道の街に何か感じることはありますか?

松井 年齢を問わず、いろんな方がオープンに話してくださることに、助けられています。「LLOVE HOUSE ONOMICHI」には海外からアーティストがやってくるので、地元の人たちからしたら「よくわからない」って心のハードルが上がってもおかしくないのに、「何やってるの?」と逆に興味を持って、話しに来てくださって。人づてにこの場所のことが伝わっていっているのが、とてもうれしいですね。

写真左/オランダのアートディレクターが尾道の幼稚園を訪れた時のもの 写真右/LLOVE HOUSEの前で

子どもがいたから関係性が広がった、という面もあるかもしれません。子どもの通う幼稚園が自宅の近くにあり、朝夕に子どもが通ると語りかけてくれる方がたくさんいて、子どもたちにとっては、「おじいちゃん、おばあちゃんが増えた」という感じかもしれないですね。そういった山手の暮らしに息づくおだやかなリズムや知恵がシェアされることで、生きやすさにつながっていると思いますね。

――最後に、「LLOVE HOUSE ONOMICHI」の今後の取り組みについて教えてください。

松井 今年は、オランダ大使館の助成を得たプログラムを始動して、来年にかけてオランダから6組のクリエイターを迎える予定です。オランダだけではなく、国内外から訪れる多様なクリエイターの滞在を通して、尾道の街と世界の対話が生まれる場所を目指していきますので、ぜひご期待ください!

LLOVE HOUSE ONOMICHI

所在地:尾道市東土堂町8-28
ホームページ:http://llovehouse.org
問い合わせ先:llovehouse@schemata.jp

studio basket

ホームページ:https://linktr.ee/studiobasket.jp

 

聞き手:杉谷紗香/ライター(piknik)
インタビュー・建物写真:正木孝則

中田さん・松井さんおすすめの場所 

因島アメニティ公園

「3歳の双子のお気に入りの公園。海、公園、恐竜のオブジェと順番に遊んで、最後に駐車場へ行くまでの導線がすばらしく、遊び疲れたら園内のカフェ・渚の交番 SEABRIDGEで休憩もできる。季節を問わず、よく遊びに行きます」

 

この記事を書いた人

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おすぎ編集者・ライター

「子どもとしまなみ海道を走破したい!」と2020年、大阪から向島へ移住。
2人の子どもと自転車生活を楽しみながら、広島・大阪の2拠点でメディア編集・制作を行う。株式会社ピクニック社代表。
自転車系フリーペーパー&Webマガジン「cycle」編集長。
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